トラウマの解消
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何で私がデジタル音楽用語を聞くと、極度の拒絶反応を示すのか、やっと分かったよ。
今日は昼過ぎから、先日買ってきたサンプラーやらオーディオ・インターフェースやらMIDIインターフェースをパソコンに組み込んでいたのだが、それだけでも拒絶反応がバシバシ出て、作業が難儀する。
オカシイよなぁ。これって自分のやりたい事なのに、なんで体が拒絶するんだろう・・・?
何度も「もうイヤ」って挫折しそうになりながら、その度に呼吸を落ち着かせ、気を落ち着かせ、作業に戻る。
何とかパソコンに取り入れて、今度は使い方を覚えようと、説明書を見ながら・・・、ちょっと徹底的に取り組んでみようと思った。意味不明な言葉とか、分からない(知らない)言葉とかを、ちゃんと1つずつ理解していくようにした。説明書を読んでいるだけじゃ理解が足りなそうだったので、説明書に書いてあることを、分かっていても、紙に書き写して頭を整理した。
分からない言葉が出ると「ひぇ〜」って拒絶反応が出るんだけど、それでも紙に書き写し、きちんと理解して把握するまで、何度も読み直した。そしたら、何てことない、そんなに難しいことじゃないんじゃないか?って、思えるようになってきたのだ。
それをやっているうちに、或る事を思い出した。
私は中学生の時に喘息の発作で1,2ヶ月くらい学校を休んだ。具合が良くなったので再び学校に行ったのだが、授業が丸っきり分からなくなってしまったのだ。その時の、ショックというか、絶望感というか。今回の拒絶反応は、どうやらコレに繋がっているようなのだ。
自分でも気付かないうちに、トラウマになっていたのかな?
自分で封印してしまっている、傷ついたままの癒されていない当時の私がいるようなので、少しずつ見ていこう。
勉強が分からない・・・。これはとてもショックだった。喘息になる前の私は、実は勉強が大好き。勉強が面白かったのだ。クラブも、数学クラブなんてのに入っていた。成績は、いい方だった。
それがいきなり喘息になって寝込んで、病気と闘って、ようやく体調が戻って学校に行ったら、丸っきり分からなくなっちゃったんだから、相当ショックだった。学校に行ったって、教室で時間を食い潰しているだけで、チンプンカンプンの話をずーっと聞いていなくてはいけない。
「聞いても分かるわけないじゃんか!」怒りと悲しみと絶望に包まれ、授業はとても苦痛だった。だから登校拒否児になって、家でギターばかり弾いていた。音楽しか、分かるものがなくなっちゃったのだ。
今から思えば、休んでいた間に勉強が遅れた分は、勉強すれば取り戻せたんじゃないか?って思う。けど当時の私には、そんな発想はなかった。「もうダメだ」っていう絶望感しかなかった。
「もう学校には行くまい」と決意して、それからは、毎朝、両親との戦いだった。みんな「学校に行け」しか言わない。行ってどうするんだ?学校で苦痛な時間を過ごすのが私の為になるのか?分からない授業を聞いて無駄な時間を過ごすより、自分が理解出来ること(音楽)を一生懸命やっていた方がいいんじゃないか?
きっと私のこの気持ちは、家族の誰も理解してくれていなかったのだろう。きちんと話した記憶もないし「どうして学校に行かないの?」と聞かれた記憶もない。ただただ「学校に行け」とヒステリックに叫ばれただけだ。
未だに忘れられない言葉がある。父親から「学校に行け」と言われ、それに答えず部屋に閉じこもっていた私に、ある日、父が言った言葉。
「こいつ、気が狂ってる」
病気と闘って、そのあげく勉強が分からなくなって苦しんでいるのは、気が狂っているのか・・・。もう、いいよって思った。気狂いでも何でも、もう、いいよ・・・。
嬉しいことに、父がコレを言ってから、家族の中で私は「気が狂っている人」と定義されたようで、誰からも「学校へ行け」とは言われなくなった。昼過ぎに起きて、1日中ギターを弾いて、夜に家族が寝静まったらタバコを吸いながら読書をし、朝方はタバコを買いに散歩に出かけ、帰ってきたら寝るという生活をしても、誰も文句を言わない。極楽だね。
そのうち、先生が家に来た。「何で学校に来ないの?」と言われ「勉強が分からないから行ってもやる事がない」とか、そんなことを言ったのかな。そうしたら「それは、仕方ないよね」って言われた。「でも出席日数が足りないと卒業できなくなるから、卒業できるように出席しなよ」って。それで、出席日数の辻褄を合わせる為だけに出席した。
学校に行ったはいいけど、非常に惨めだったのを覚えている。授業は相変わらず分からないし、テストなんて名前しか書けないんだもん。名前書くのに、50分も要らないんだけどなぁ。暇だから、何度も名前を消しゴムで消しては書き、消しゴムで消しては書き、を繰り返していた。暇だから、とりあえず何か書いておくかと思って、解答欄すべてに「分かりません」って書いたこともあったっけ。
そんなだから通信簿なんて、音楽以外はオール1!おぉ見事って感じ!昨年まで、オール5に近かった私がねぇ・・・。ま、それで友達に、勇気や自信や優越感を与えられていたみたいだから、いいかな。
こうして書き出してみると、普段は意識することないけど、意外にもこの時のことを、私は根に持っているらしい。
「まぁまぁ、おかげで思う存分ギターが弾けたから良かったじゃないか」と当時の私をなだめつつ、このトラウマも解消していかなきゃね。
理解していない言葉や、苦手と思い込んでいる言葉を聞くと、拒絶反応が出て、全身にブツブツ一気に総白髪になりそうな感覚に襲われるのは、私の場合は、この中学生の時に感じた昇華されていない怒り・悲しみ・絶望・惨めに繋がっていて、それを感じたくないからと、拒絶反応が出ていたようだ。うーん、よくぞ気が付いた。気付けてラッキー♪