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2003年02月

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分かった〜〜!

何で私がデジタル音楽用語を聞くと、極度の拒絶反応を示すのか、やっと分かったよ。

今日は昼過ぎから、先日買ってきたサンプラーやらオーディオ・インターフェースやらMIDIインターフェースをパソコンに組み込んでいたのだが、それだけでも拒絶反応がバシバシ出て、作業が難儀する。

オカシイよなぁ。これって自分のやりたい事なのに、なんで体が拒絶するんだろう・・・?

何度も「もうイヤ」って挫折しそうになりながら、その度に呼吸を落ち着かせ、気を落ち着かせ、作業に戻る。

何とかパソコンに取り入れて、今度は使い方を覚えようと、説明書を見ながら・・・、ちょっと徹底的に取り組んでみようと思った。意味不明な言葉とか、分からない(知らない)言葉とかを、ちゃんと1つずつ理解していくようにした。説明書を読んでいるだけじゃ理解が足りなそうだったので、説明書に書いてあることを、分かっていても、紙に書き写して頭を整理した。

分からない言葉が出ると「ひぇ〜」って拒絶反応が出るんだけど、それでも紙に書き写し、きちんと理解して把握するまで、何度も読み直した。そしたら、何てことない、そんなに難しいことじゃないんじゃないか?って、思えるようになってきたのだ。

それをやっているうちに、或る事を思い出した。

私は中学生の時に喘息の発作で1,2ヶ月くらい学校を休んだ。具合が良くなったので再び学校に行ったのだが、授業が丸っきり分からなくなってしまったのだ。その時の、ショックというか、絶望感というか。今回の拒絶反応は、どうやらコレに繋がっているようなのだ。

自分でも気付かないうちに、トラウマになっていたのかな?

自分で封印してしまっている、傷ついたままの癒されていない当時の私がいるようなので、少しずつ見ていこう。

勉強が分からない・・・。これはとてもショックだった。喘息になる前の私は、実は勉強が大好き。勉強が面白かったのだ。クラブも、数学クラブなんてのに入っていた。成績は、いい方だった。

それがいきなり喘息になって寝込んで、病気と闘って、ようやく体調が戻って学校に行ったら、丸っきり分からなくなっちゃったんだから、相当ショックだった。学校に行ったって、教室で時間を食い潰しているだけで、チンプンカンプンの話をずーっと聞いていなくてはいけない。

「聞いても分かるわけないじゃんか!」怒りと悲しみと絶望に包まれ、授業はとても苦痛だった。だから登校拒否児になって、家でギターばかり弾いていた。音楽しか、分かるものがなくなっちゃったのだ。

今から思えば、休んでいた間に勉強が遅れた分は、勉強すれば取り戻せたんじゃないか?って思う。けど当時の私には、そんな発想はなかった。「もうダメだ」っていう絶望感しかなかった。

「もう学校には行くまい」と決意して、それからは、毎朝、両親との戦いだった。みんな「学校に行け」しか言わない。行ってどうするんだ?学校で苦痛な時間を過ごすのが私の為になるのか?分からない授業を聞いて無駄な時間を過ごすより、自分が理解出来ること(音楽)を一生懸命やっていた方がいいんじゃないか?

きっと私のこの気持ちは、家族の誰も理解してくれていなかったのだろう。きちんと話した記憶もないし「どうして学校に行かないの?」と聞かれた記憶もない。ただただ「学校に行け」とヒステリックに叫ばれただけだ。

未だに忘れられない言葉がある。父親から「学校に行け」と言われ、それに答えず部屋に閉じこもっていた私に、ある日、父が言った言葉。

「こいつ、気が狂ってる」

病気と闘って、そのあげく勉強が分からなくなって苦しんでいるのは、気が狂っているのか・・・。もう、いいよって思った。気狂いでも何でも、もう、いいよ・・・。

嬉しいことに、父がコレを言ってから、家族の中で私は「気が狂っている人」と定義されたようで、誰からも「学校へ行け」とは言われなくなった。昼過ぎに起きて、1日中ギターを弾いて、夜に家族が寝静まったらタバコを吸いながら読書をし、朝方はタバコを買いに散歩に出かけ、帰ってきたら寝るという生活をしても、誰も文句を言わない。極楽だね。

そのうち、先生が家に来た。「何で学校に来ないの?」と言われ「勉強が分からないから行ってもやる事がない」とか、そんなことを言ったのかな。そうしたら「それは、仕方ないよね」って言われた。「でも出席日数が足りないと卒業できなくなるから、卒業できるように出席しなよ」って。それで、出席日数の辻褄を合わせる為だけに出席した。

学校に行ったはいいけど、非常に惨めだったのを覚えている。授業は相変わらず分からないし、テストなんて名前しか書けないんだもん。名前書くのに、50分も要らないんだけどなぁ。暇だから、何度も名前を消しゴムで消しては書き、消しゴムで消しては書き、を繰り返していた。暇だから、とりあえず何か書いておくかと思って、解答欄すべてに「分かりません」って書いたこともあったっけ。

そんなだから通信簿なんて、音楽以外はオール1!おぉ見事って感じ!昨年まで、オール5に近かった私がねぇ・・・。ま、それで友達に、勇気や自信や優越感を与えられていたみたいだから、いいかな。

こうして書き出してみると、普段は意識することないけど、意外にもこの時のことを、私は根に持っているらしい。

「まぁまぁ、おかげで思う存分ギターが弾けたから良かったじゃないか」と当時の私をなだめつつ、このトラウマも解消していかなきゃね。

理解していない言葉や、苦手と思い込んでいる言葉を聞くと、拒絶反応が出て、全身にブツブツ一気に総白髪になりそうな感覚に襲われるのは、私の場合は、この中学生の時に感じた昇華されていない怒り・悲しみ・絶望・惨めに繋がっていて、それを感じたくないからと、拒絶反応が出ていたようだ。うーん、よくぞ気が付いた。気付けてラッキー♪

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これもあちこちに書いているけれど、私は音楽に関しては、デジタルはチンプンカンプンだ。さっぱり分からない。シンセ?シーケンサー?MIDI?サンプラー?

名前は聞いたことあるけれど、それが何なのか分からないし、それを教えて貰おうとすると、一気に総白髪になるんじゃないか?全身にブツブツが出来るんじゃないか?って位、体が拒絶反応を示す。どういう訳か脳みそがフリーズして、体が硬直してしまうのだ。パソコン嫌いな人も、こんな感覚なのかなぁ?

なので「デジタルなんて私には必要ない!」って拒否していた。ギターのエフェクターやチューナーすら苦手なのだ。

けれどそんな私も、観念する日がやってきた。

というか、レコーディングしていて、色んな楽器の音を入れたいなぁという欲求が高まっただけなんだけど、持っていない楽器の音を入れるには、なんかそういう機械を使わないと出来ないらしい。なので少しずつ勉強してみることにした。

はじめに近所の楽器屋さんに行って「色んな音が出るのって何使うの?」って聞いてみたら「シンセサイザーだ」と教えてくれた。鍵盤に、色んな音が入っているらしい。陳列されているシンセサイザーを見ているだけで、全身にブツブツが広がっていく気分。私の拒絶反応は相当なモノだ。ダメだこりゃ、って思って、帰ってくる。

そういうのに詳しい人に、聞いてみた。メールで色々教えてもらう。「シンセよりサンプラーがいいよ!」なるほど、サンプラーというのを使うのか…。う〜、この言葉だけで、またブツブツが広がる気分・・・。でも丁寧に分かりやすく教えてくれたので、ブツブツ感をこらえつつ、何を買ったらいいのかとか、教えて貰ったものを整理していった。

どういう訳か、シンセとか、サンプラーとか、そういう単語に私は拒絶反応を示すようだ。聞くだけで、う゛〜ってなる。けど、USB接続とか、PC用語を言われるとホっとする。変なの。

そして、何か色々買わなきゃいけないんだなぁってのが分かって、何となく話の流れで、バンドのメンバーに「これこれこういうことをしようと思って、それには、こういうものが必要らしいから、近日中に買おうと思っている」と言ったら、「ウチに使ってないMIDIキーボードがあるけど、譲れるかもよ?」って言われた。そして今日、それを3千円で譲って貰った。

MIDIキーボードは、普通に買ったら3万円位するらしい。それを3千円で譲って貰ったのだから、ラッキー♪だ。私の今年の運は、まだ使い果たされてはいないようだ。良かった。

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昨日も自分のラッキーさを自慢(!?)したけれど、今日は、もっと自慢してやるぅ!!

今日は夜から、バンドのリハ。それに向かうために、アコーディオンを担いで、大久保駅に行って、ホームに行ったら…。

なんと目の前に、吾妻光良さんが立っているではないか!!!

あちこちで書いているけれど、私は吾妻光良さん(ギタリストです)の、10年来のファンなのだ!まさか、こんなところで会うなんて!ちょービックリした!

即行話し掛けて、一緒の電車に乗って、しばしの間、お話して貰った。メチャメチャ幸せだぁ…。

今までにも何回か、吾妻さんにバッタリ会って、お話させてもらったことがある。彼のライブを見に行って、ふっと後ろを見たら吾妻さんがいたことが2回。友達と喫茶店でお茶をしていたら、私の後ろの席に吾妻さんが座っていた事も…。

でも、まさか今日、駅のホームで会えるとは思っていなかったから、本当にビックリした。誰が何と言おうと、私にとっては憧れの人と、一緒に電車に乗ってお話ができるなんて…。気が動転してしまった。失礼なこと言っていないかどうかが心配だ…。

吾妻さんが先に電車から降りた。喜びのあまり涙が出てきた。よっぽど嬉しかったんだなぁ、私。

そしてリハ会場に到着して、弟に「吾妻さんに会った!!」と言ったら「マジ?スゲ〜。これで今年の運は使い果たしたな」と言われた。

そうか、これで今年の運は使い果たしてしまったのか…。でもいいや。吾妻さんで使い果たせるなら、あたしゃ、本望だよ。

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今週は「何なんだ、これは〜」って言いたくなるくらい、色んなことがあったような気がする。

ラッキーなことが起こりまくり!だし、気付きがとても多かった。私のメモリ(脳みそ)では、いっぱいいっぱいで、書ききれないよぉ…。けど整理しながら、書いてみようかな。

まず、建国記念日に神社で祈願したのが良かったのか、私の柱となるものたちに対して「こうしたいなぁ」と考えていたことが、一気に現実化に進んでいるようだ。すべて一気にきたので、私がその変化に追いつけなくて、ペースも崩し気味にアタフタしているような状態っす。ドカンと受けとめられる器が欲しいわぁ。

そして、私が「このことを詳しく知りたいな」と思った時に、知りたいことっていうのは色々あるんだけれど、必ずそれに詳しい専門家さんが近くにいて、教えてくれることに感謝です。優秀なメンター達に囲まれて、あたしゃ嬉しいよ。

具体的に「これがこうで…」って書けない(どう書いていいのか分からない)んだけど、自分の中の何かが確実に変わった気がする。ついでに外見も変わった。気心しれている美容師さんに「お任せ」でカットやって貰ったら、だいぶイメチェンしたよ〜。

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人との付き合い方で、自分の中で何かが、突然スコンと抜けた。或る人にメールを送ったのが、多分きっかけなのだが、すっげ〜楽になったというか、自然体でいられるというか。突然何かがスコンと抜けて、心も体も楽になった。

何が抜けたのか・・・?

メールで何を送ったのかというと、他人からの無理な要求を、ビシっと断る内容だったのだ。

色んな人から色んな事をお願いされる。私もしている。そうやって人と人は支えあって、そして人の間に生きるのだと思う。

けれど中には、応えてあげられない要求もある。私が損をするだけの要求だったり、不愉快に感じる要求だったり、楽しくも面白くもなく苦痛なだけの要求だったり、相手が望むように私が感じてあげられなかったり、応えてあげられない要求がある。

応えてあげられないなぁと思ったときは断るのだが、断ると逆ギレする人もいる。さらなる説得に入る人もいる。今までは、それに負けて、嫌々引き受けてブーブー言いながら要求に応えていた事が多かったのだが、それをやったところで、お互いの為にならないのがよーく分かった。嫌々やっても、イイモノができないのだ。

そして、やりたくてもなかなか出来なかったことが、できるようになった。「私にはできません。他をあたってください」と、キッパリ断れるようになったのだ。これは気持ちいいなぁ。今までは「うーん、やってあげたいのは山々なんだけど…」といった感じで、ハッキリと断れなかったのだ。なんか悪い気がして…。

書いていて気付いたけど、逆の立場で、私も誰かに何かを要求して断られた時に、さすがに逆ギレすることはなかったと思うけど、さらなる説得に入ることはあったかもしれない。それはきっと、何か心の中に、執着があるんだよね。その人に是非やって欲しいとか、何かこだわりがあったように思う。他の人を探すのが面倒くさいというのも、あったかもしれない。

けれど、キチンと断れるようになった時に、その執着やこだわりみたいのも、一緒にスコンと抜けちゃったみたいなのだ。

出来ないものは出来ない、ダメならダメ、嫌なら嫌、それでいーじゃん!出来ないって言っている人に無理を押し付けるより、出来るって言ってくれる人を見つけば、それでいーじゃん!みたいなお気楽さになったのだ。する方も、される方も。

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どんな仕事でもそうだと思うけれど、自分が満たされている時の方が、いい仕事ができるようだ。

はじめに気付いたのは、いつだったかな?毎朝、食事の前に仕事をしていて、「腹へった〜」って感じることがあって、ハッと「私、集中できてない!」って気付いた。それからは、ベストコンディションで集中するよう心がけている。

よく考えたら、演奏する時もそうなんだよね。お腹が減りすぎていても満腹すぎても、やりづらいのだ。ライブの前などは、その辺をコントロールして食事をとられる方が多いと思う。

食事だけじゃなく、音楽をコンスタントにやっていないと、自分が非常に調子悪くなることに最近気付いた。曲作りたいなぁとか、ギター弾きたいなぁとか、今までは忙しさにかまけて、そういう欲求を我慢する事が多かったのだが、最近は我慢しないで欲望の赴くままに(?)楽器に触れている。

色々なことで満たされていると、気が散らない分、集中力がアップするようで、何をやっても短時間で効率よく結果が出せるようだ。満たされるだけでもハッピーなのに、それが上手く循環するというか、満たされれば満たされるほど何もかも上手くいくんだなってのを感じた。

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