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どっかで見たタイトルですが〜今日は母の手術日。

朝8時に病院に行く。母は、しばらく喋れなくなるだろうから、ホワイトボードを持って行った。父も来ていた。母は点滴をさし、グッタリしていた。

検温したら、35.5度だった。体温、低いねぇ。看護婦さんや先生が、入れ替わり立ち代り来て、酸素マスクみたいなのしたり、鼻に薬を入れたりしている。

私たちは邪魔っぽいので、部屋の外に出る。父に会うのも久しぶりだ。

父から前回の手術中止のこととか、色々聞いた。

「(お医者さんは)本人が傷つくようなことを、平気で言うんだぜ?」それは手術の時に、何かを切ったら、その何かの代用となるものを、体の別のところを切って、例えば太ももから持ってきて、継ぎ足すというようなことだった。

それは普通のことではないか?と私は思うのだが、それよりも、父がそんな、人間らしい心を持っていることに驚いた。

ストレッチャーに乗せられて、母は手術室に運ばれる。私たちも、入り口まで付いて行った。「頑張れ」父が母に、声をかける。「頑張れと言われても・・・」母が答える。

あとは先生と母を信じて、祈るしかないよな。。。

コーヒーを飲みながら、父と話をする。母の病気のことから始まって、「七実は結婚するような人いないのか?」と聞かれ、こんな親らしいこと、初めて言われて驚いた。父は随分、変わったんだなぁ。

「俺がヘバりついてるから、仕事に行って来い」と言われ、母に遠隔レイキしながら会社に向かい、仕事する。

昼休み、お弁当を食べていたら、箸が折れた。うっ、コレは不吉・・・と思うが、折れていない振りをして(?)気にせず、そのまま食べた。

そして病院にいくため早退し、15時頃、会社を出た。駅に向かう途中、信号待ちの時に、腰の辺りで手を組んだら、ヌメっとした感触があったので、手を見たら、左手首から、血がダラダラ出ていた。

「うわっ、なんじゃコリャ?」何かの拍子に、かさぶたをひっかいて、剥がしてしまったようだ。これまた不吉・・・と思ったが、何事もなかったように、レイキをかけて止血する。

おまけに電車は、各駅とか急行の違いが分からず、降りる駅を、乗り過ごしてしまったので、Uターンして戻る。

空は朝から、どんよりと、曇ってる。お昼には、雨も降ったようだ。

私は割りと身の回りのことを、天気になぞらえて考えてしまうので「天気は悪いし、変なことが続くし、ん〜どうかな〜」だったんだけど、病院に向かう途中から、晴間が見えてきた。お、これは、良い兆しが見えてきたぞ。

病院に着くと、父と、母の妹(私にとってはオバさん)がいた。3人で、色々話す。

前回の手術中止の時に、お医者さんが「あれだけ検査したのに、こんなに(母の)喉が細いとは思いませんでした。これは完璧に、こちらのミスです」と話してくれたと、父が言う。

思っていたより喉が細くて、器具が入らず、呼吸ができないので中止になったそうだ。

オバさんが「何時頃、中止って分かったの?」と聞くと、父はカバンから、帳面を取り出して見て「9時50分」と答えた。そこには、文字がビッシリと書かれていた。母の病気に関することを、もれなく記録しているようだった。

「今度、何かあったら・・・」「こっちが、どんな思いをして手術が終わるのを待っているか・・・」父が言う。

繰り返すけれど、私は父に、こんな人間らしい心があったのか?と驚いた。これではまるで、父が母を、愛しているみたいじゃないか。

と、ものすごく変なことを言ってるかもしれないけれど、私は、父は母を愛していないと思っていた。逆に、母も父を愛していないと思っていた。母の言動からね、ただ仕方なく、一緒にいるのかなぁって思ってた。

ここ数日、母に遠隔ヒーリングしてて、腫瘍ができている喉を重点的にやるといいのかな〜と思っていたけれど、実際にヒーリングしてみると、一番苦しく感じるのは、ハート、愛のチャクラだった。

だけど、こんなに愛されているなら、なにも問題ないじゃないか、と思った。

17時半頃、手術が終わった。集中治療室に入り、病室の手前で、お医者さんから説明を聞く。

「切り取った癌を見ますか?」と言われた。父は「俺はいいよぉ」と言っていたが、私は見たかったので、見せてもらった。結局、皆で見た。

私の記憶が正しければ、かなり複雑に、甲状腺から頚動脈、声帯に食い込んでたものを、全てキレイに、取り除いてくれたらしい。

大きかった。いなり寿司、2つくらいの大きさ。いや、もっと、大きかったかもしれないけれど、それはタッパに入れられていて、こんな大きなものが喉に出来てたのか〜と驚いた。

生まれて初めて、癌を見た。

母を苦しめる憎き癌?いやいや、私はこれを、母の心だと思った。

今まで癒される機会を得られなかった、母の心ではないか、と。

残念ながら、リンパにも転移していたようで、そちらからも取れる限りは、取ってくれたそうだ。小粒のカールくらいの大きさのものが、ビンに入れられ、ユラユラ揺れていた。

手術中の写真も、見せてくれた。こうして目で見ると「取れたんだ〜」と思って、ホっとする。

リンパにまだ残ってる可能性が高いので、容態が落ち着いたら、また検査すると言う。喉の神経を片方、切ったので、片方だけでどれだけ、呼吸したり食事したり話したりできるか?とかね、まだまだ課題はあるけれど、とりあえず手術は大成功、良かったぁ。

部屋の中に入り、母に会う。

明日の朝まで、麻酔で目が覚めないと聞いていたけれど、母は、目を開けていた。目の周りには、涙があった。喉には穴が空いていて、チューブが差し込まれていた。しばらくは、そこから呼吸をし、点滴で栄養を取るそうだ。

「手をつなぎますか?」とお医者さんが言う。父はまた「俺はいいよぉ」というので、私も遠慮していたら、布団が、モゾモゾ動いているのに気付いた。

母ちゃんが、左手を動かしている!手をつなぎたいんだ!

父ちゃんに「母ちゃんが手を動かしてるよ、手をつなぎたいんだよ」と言い、つながせた。

私も、手をつないだ。とても冷たい手だった。朝よりも体温が、下がっているのだろうか。

ブワーっとレイキを流した。母に触れるのは、何年ぶりだろう。。。いつの間にか、私より小さくなった、手。涙をこらえるのに必死だった。よく頑張った!

良かった良かったと、3人で居酒屋に、打ち上げしに行った。弟に連絡をいれ、親戚に連絡をいれ、うわ〜、とりあえずはこれで安心、今日はゆっくり食事できるし、ゆっくり寝れるねぇ。父ちゃんも私も、疲れ果てていた。

「今まで、そんなこと、したことなかったけれど、(母の)パンツを(手で)洗うでしょ。そういうことをするとね、うん。これから、愛のかたちが、変わってくると思いますよ」父はオバさんに、そう話していた。

私は今日、ようやく、父に対する誤解がとけたというか、父を理解することが出来たと思う。

自分のことしか考えてなくて、家族のことなど考えず、機嫌だけで行動して、乱暴な人だと思っていたけれど、自分の気持ちにバカ正直なだけで、カっとなったら止まれない、不器用な人なんだなぁと思った。当り前だけど、私に似てる、さすが親(笑)。

一緒に暮らしていた時は大嫌いで、憎んですらいた父だけど、離れて暮らして、そうして家族になれる、そんなかたちも、あっていいかなぁと。

飲み食いしてから帰宅する途中、私には、もう1人、弟がいることを思い出した。下の弟には私が連絡いれたけれど、上の弟にも、連絡いれなくて良いのかな?私、連絡先、知らないしなぁ。今日一度も、名前すら出てこなかったけれど、父は連絡しているのかしら?

ま、いっか。上の弟とも、ゆっくり家族になれば。連絡は、父に任せよう。

帰宅して、私の中でプチっと何かが切れた。1人で「良かった〜良かった〜」を繰り返し、号泣した。

父と母の大喧嘩を、きっかけに、家を出た15歳の私が、泣いている。15歳の小娘が、たった1人で生きていくのは、そりゃー大変だった。ま、自分で選んで、そうした人生を歩んだのだけど、生きていくのに大変だったのは確かだ。

辛く苦しかった日々。それが今日、報われたような気がした。

長い時間をかけて、とても大きなことを、学べたような気がした。

こんな大きなことを学ばせてくれて「神様ありがとう」と思った。

私は父と母の、愛のかたち、なのだ。

だから私は、ただただ、愛であろうと思った。